カテゴリ: 本
内田康夫の小説と木曽福島
読書の秋、スポーツの秋
台風19号が来る前の話です。
================
爽やかな空気に変わり、いかにも秋ですね。
「読書の秋」だとか「スポーツの秋」だとか「食欲の秋」だとか、よく言われます。
それから、3才になる息子の幼稚園でも運動会がありました。
幼稚園の運動会は大賑わい。
保護者の方々が大勢詰めかけ、幼稚園の校庭はびっしりです。
ちなみに、保護者の方々は誰ひとりとしてビールを飲んでいませんでしたよ(目からウロコ!)。
そんなとき、私は尊敬すべき人物を発見しました。
園児を応援するお父さんお母さんたちの嬌声の中、ものすごい集中力でページをめくっていきます。
数十分後。
園児たちのパフォーマンスにいくらか気を配りつつそれでも本を読み続ける姿は、仕事をしながら本を読み続けた「二宮金次郎」を彷彿とさせるものがあります。
いってみれば老紳士は、「読書の秋」と「スポーツの秋」を両立させていたのです。
私は感服のあまり、老紳士を観察していました。
すると、老紳士は鞄の中からおむすびを取り出し、ひとくちパクリ。
なんと「読書の秋」と「スポーツの秋」、さらに「食欲の秋」まで同時進行!
あっさりと「二宮金次郎」を超えてみせたのでした。
(ちなみに私も、「老紳士の観察」と「息子の応援」を両立させました。)
================
老紳士に刺激を受けて、私も少しずつ秋の夜長に読書をし始めました。
ただ酒を飲みながらの読書のため長編小説より短編小説ばかり。
作者は、《青山七恵/朝吹真理子/東浩紀/池澤夏樹/石原慎太郎/上田岳弘/江國香織/江藤淳/円城塔/大江健三郎/小川洋子/奥泉光/小山田浩子/角田光代/金井美恵子/金原ひとみ/川上弘美/川上未映子/桐野夏生/車谷長吉/河野多惠子/佐伯一麦/柴崎友香/島田雅彦/瀬戸内寂聴/高樹のぶ子/高村薫/田中慎弥/多和田葉子/辻原登/津島佑子/筒井康隆/津村記久子/中村文則/橋本治/平野啓一郎/福田和也/古井由吉/保坂和志/星野智幸/堀江敏幸/又吉直樹/町田康/松浦寿輝/松浦理英子/水村美苗/村上春樹/村上龍/村田沙耶香/矢作俊彦/山田詠美/柳美里/吉田修一/吉本ばなな/リービ英雄》
そうそうたる顔ぶれの中でも、驚いた短編を3つ挙げると、「晩年の子供」(山田詠美)、「生命式」(村田紗耶香)、「ペニスに命中」(筒井康隆)。
「とっておき名短編」
「読まずにいられぬ名短編」
「トラウマ文学館」は傑作ぞろい。
「はじめての家族旅行」(直野祥子)、「気絶人形」(原民喜)、「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、「なりかわり」(フィリップ・Kディック)、「走る取的」(筒井康隆)、「運搬」(大江健三郎)、「田舎の善人」(フラナリー・オコナー)、「絢爛の椅子」(深沢七郎)、「不思議な客(『カラマーゾフの兄弟』より)」(ドストエフスキー)、「野犬」(白土三平)、「首懸の松(『吾輩は猫である』より)」(夏目漱石)、「たき火とアリ」(ソルジェニーツィン)
直野祥子のマンガに悪夢を見て、やっぱり深沢七郎は最高だと思いました。
「とっておき名短編」
「愛の暴走族」(穂村弘)、「ほたるいかに触る」(蜂飼耳)、「運命の恋人」(川上弘美)、「壹越」(塚本邦雄)、「一文物語集」より『0〜108』(飯田実)、「酒井妙子のリボン」(戸板康二)、「絢爛の椅子」「報酬」(深沢七郎)「電筆」(松本清張)、「サッコとヴァンゼッティ」(大岡昇平)、「悪魔」(岡田睦)、「異形」北杜夫
ここにも深沢七郎が登場。飯田実だとか塚本邦雄など始めて読む作者の小説に出会えました。
「読まずにいられぬ名短編」
「類人猿(抄)」「しこまれた動物(抄)」(幸田文)、「デューク」(江國香織)、「その木戸を通って」(山本周五郎)、「からっぽ」(田中小実昌)、「まん丸顔」「焚き火」(ジャック・ロンドン)、「蜜柑の皮」(尾崎士郎)、「馬をのみこんだ男」(クレイグ・ライス)、「蠅取紙」(エリザベス・テイラー)、「処刑の日」(ヘンリィー・スレッサー)、「幸福」「夫婦」(中島敦)、「百足」(小池真理子)、「百足殺せし女の話(抄)」(吉田直哉)、「張込み」(松本清張)、「武州糸くり唄」「若狭 宮津浜」(倉本聰)
松本清張の「張込み」を、倉本聰が時代劇のシナリオにしていますが、名人芸です。
================
================
運動会から少し経ったころ。
私の町に台風19号がやってきて、去りました。
先述の幼稚園の周辺が水浸しになりました(幼稚園は助かりました)。
私の家や会社の周辺も水浸しになりました(私の家と会社は助かりました)。
台風が去った朝、晴れ渡りました。
台風被害の情報が入るに従い、何人もの知人の顔が頭に浮かびました。
“経営学入門”より ネオン太平記について
それなりに映画や本に親しんでいますが、たまには仕事の役に立つ経済に関するものにも触れてみようと思う今日このごろ。
日活の映画、「“経営学入門”より ネオン太平記」(DVD)を見ました。
小沢昭一が主演の、1968年公開の映画です。
実際に見てみると、「経営学」とは全く関係のない映画で、当然といえば当然ですが、仕事に役立つ内容ではありませんでした。
けれど、私にとっては嬉しくなるような傑作だったのです!!
================
================
「“経営学入門”より ネオン太平記」について。
主演の小沢昭一は、キャバレーの支配人役。
ストーリーは、
《東京の古本屋を廃業して大阪の大衆キャバレー「オアシス」の支配人となった益本利徳(小沢昭一)。(中略)そんな時に競争相手が新装開店するという情報が入る。
利徳は、一刻も早く第二「オアシス」を開店させて対抗しようと奮闘するも、地元住民の反対は強かった。その間、素行不良の従業員、ホステス同士のいざこざ、警察沙汰、双子ホステスとの深い仲・・・あらゆるトラブルが続出する。そんな時、利徳にテレビのワイドショーに出演する機会が訪れる。キャバレーについて熱弁をふるう利徳。はたしてこの思いは世間に届くのか、そして第二「オアシス」は開店できるのか。》
大きな事件が起きるわけではありません。
でも、私には見どころてんこ盛りの快作でした。
================
見どころ その1
小沢昭一(キャバレー支配人)
懸命にキャバレーを運営する小沢昭一。下世話で達者な名人芸を堪能できます。
下流への志向に小沢昭一の人間観がにじみでています。
しまいには、下世話な人物たちのほうがかわいらしく健気に見えてくるのが不思議です。
「古本屋を廃業してキャバレーの支配人になった」という主人公の経歴が、どうしたって知性が漂ってしまう小沢昭一(土着性に憧れる都会人という本人のイメージ)にピッタリです。
================
見どころ その2
桂米朝と小松左京
桂米朝(写真左)は、ケチなくせに図々しくホステスにお触り。
イケメンの桂米朝がベラベラ関西弁を喋りながら抱いたり擦ったり密着したり。
女性の扱いのうまさに、手練れだなぁ、さすがなだなぁと感心してしまいます。
一方、太った小松左京(写真右)は、「イモ」サラリーマン。
ちなみに、桂米朝と小沢昭一は、ともに正岡容の弟子で「やなぎ句会」の句友でもあります。
================
見どころ その3
西村晃
小林信彦によると、
《小沢昭一さんから聞いた話だけど、西村晃とちょい役にどんな細工をするかで競ってたというんです。それである日、西村晃が肩にオウムを止まらせてきた。それでもう負けた、と(笑)》(大瀧詠一との対談より)
ひどい演出です。
================
見どころ その4
加藤武
引用します。
《加藤「日活には悪童ども、おなじみの小沢昭一とか西村晃とかがいましてね、撮影が終わると待ちかねたようにね、トルコ、トルコといっては車を飛ばして調布から新宿へ行ったものですな。/トルコで本番やるのは邪道じゃないかと思うんです。トルコっていうのは個室で風呂に入ってマッサージして貰って凝りをほぐすという発想にあったんですからね、一物の凝りも含めてね」》
一物の凝り?
(ちなみに、この号の「面白半分」の編集長は野坂昭如です)
================
見どころ その5
野坂昭如
黒めがねで胡散臭いところがイイですね。
小沢昭一と野坂昭如は、永六輔を加え、中年御三家として日本武道館でコンサート(日本人初)を開催した仲です。
また、「エロ事師たち」という野坂昭如の原作小説の映画化で、小沢昭一が主演をしたことで、意気投合したのだとか。
================
見どころ その6
北村和夫
小沢昭一を逮捕した刑事役。
珍エピソードにことかかない文学座の重鎮です。
小沢昭一とは早稲田大学時代からの盟友なのです。
================
見どころ その7
渥美清(特別出演)
「おかしな男 渥美清」(小林信彦)の文庫版の巻末に小沢昭一と小林信彦が対談しています。
その中で「ネオン太平記」に出演した渥美清のことを、小沢昭一が語っています。
《小沢「(渥美清の凄みは)毒のある演技ですよ。一緒に出ている人がみんな斬られちゃうんです。「ネオン太平記」という日活映画で、渥美さんがゲイバーのママを演じているんですが、それはもうすごい。あの顔でゲイバーのママだから、それだけで相当おかしいんですが、それがまた、鬼気迫るママをやるんですね。驚嘆しました」》
これを読んだ当時、いつか「ネオン太平記」を見てみたいと思ったものです。
小沢昭一は、同年代の渥美清がフランス座(ストリップ小屋)でコントをしていたころから、客として渥美を追いかけていたのだとか。
のちに俳句仲間になりました。
「ネオン太平記」の13年後、二人は「男はつらいよ」で共演しています。
================
見どころ その8
三國連太郎(特別出演)
ホステスに、学術用語で高尚なことを話していると思いきや、実は学術用語を使って卑猥な話をするという変人。
無論、ホステスに嫌われています。
この「ネオン太平記」が公開された40年後のこと。
「釣りバカ日誌18」で、三國連太郎と小沢昭一は共演。
インタビューによると、三國連太郎が「釣りバカ」に小沢昭一をキャスティングしたそうです。
《三國「役者は、物語を実体化するために芝居の足がかりを求めることがある。僕は、この大切な場面で、小沢君の配役を頼んだ。彼とは、昔からの気の知れた仲であり、彼をきっかけに、濁ったものを洗い落とすように演じた」》
なんだか深い発言。
どんな共演シーンだったかというと、
スーさん(三國連太郎)が、古い馴染みである政財界の実力者(小沢昭一)に会いにいき、ある依頼をするというシーン。
小沢昭一を待つ三國連太郎。
車椅子&サングラスで現れる小沢。
久しぶりの再会を果たす二人。
小沢「なんだい、まだ生きてやがったのか」
三國「お互い様だよ」
そのあと、小沢昭一は、スッと立ち上がり、スタスタ歩きだすという胡散臭さ。
================
木更津散歩(證誠寺、小沢昭一)
5月の連休。
旅先での昼過ぎ。
私はひとりで木更津を散策しました。
(妻君と息子(3才)は、遊び疲れて車中で爆睡)
================
================
ほかの観光地の大混雑と比較してしまうせいか、木更津はずいぶんさびれているように感じました。
駅前は、閉まっているシャッターが目立ち、ほとんど人は歩いておらず、閑散としていました。
(町の中心が郊外へ移ったことも原因だろうと思いますが)
ただ、さびれている町並みなのですが、どういうわけかキャバクラやラブホテルだけはピカピカの店構え。
風俗店の数があきらかに多いのです。
氣志團(木更津で結成されたヤンキーバンド)を生んだ土地であるのも納得です。
================
================
木更津駅のそばに、證誠寺(しょうじょうじ)というお寺があったのでお参りすることにしました。
證誠寺に着くと、庭先にラブホテルがドーンと建っていました。
このお寺は、童謡「しょうじょう寺の狸囃子」のモデルになったお寺とのこと。
「しょうじょう寺の狸囃子」の、作詞は野口雨情、作曲は中山晋平。
ゴールデンコンビです。
♪しょ しょ しょうじょうじ
しょうじょうじの 庭は
つ つ 月夜だ
みんなでて こいこいこい
おいらの 友だちゃ
ポンポコポンの ポン♪
タヌキをヤンキーに置き換えて解釈してみます。
真夜中に、キャバクラやラブホテルから出てきたヤンキーたちが悪ノリをして大騒ぎしている様子が目に浮かびます。
「木更津キャッツアイ」(宮藤官九郎脚本のドラマ)の中で、ときどきタヌキの置物が登場するのですが、出典は證誠寺だったようです。
================
================
私の脳裏に、かつて私が住んでいた沼津の風景が重なりました。
沼津もやはり、木更津と同じ港町。
私の記憶では、当時、沼津の海沿いにソープ(風俗店)の看板が立っていました。
そこには、「木更津よりソープ嬢を派遣」という宣伝文句が書かれていたのです(たしか)。
かつて、港町は男性人口が多かったこともあり、風俗店の数に影響しているのでしょう。
================
木更津と風俗。
さらに、別の記憶が蘇ってきました。
小沢昭一(俳優・ラジオパーソナリティ)は、絶滅しそうな放浪芸を取材し、記録するのをライフワークにしていました。
芸能の原点として、神事、お坊さんの説教、シャーマン(いたこ・ユタ)、演芸、露天商の啖呵売、スポーツ、風俗(トルコ・ストリップ)などを並列に、平等に、記録しています。
小沢さんによると、神が憑いたように踊るストリッパーは、神事(芸能)を行った巫女の末裔とのこと。
《わが国でもやはり、巫女さんが芸能のはじまりである、というふうにいわれております。》
《戦後間もないころ、早稲田の河竹繁俊先生が、日本演劇史の講義で、アメノウズメノミコトはストリップの元祖だとおっしゃったとき、学生はどよめいたものであります》
(「ものがたり 芸能と社会」小沢昭一より)
小沢昭一は、ストリッパーの一条さゆりを芸人(表現者)として最大級に評価していました。
一条さゆりは一世風靡します。
しかし、あるとき一条さゆりの舞台はワイセツ罪にあたるとされ、逮捕されたのです。
そんな折、木更津の「木更津別世界」というストリップ小屋が、一条さゆりに復帰の舞台として正月興行の出演のオファーをしました。
(「木更津別世界」のオーナーである桐かおるも、ストリッパーの第一人者でした。)
小沢昭一は、放浪芸(一条さゆり)の取材で「木更津別世界」へ出向きます。
(「昭和の肖像 町」小沢昭一より)
小沢昭一と同行した市川捷護によると、《1月5日、木更津は正月ということもあり静かな街だった。》
《舞台裏の一条さんを訪ねると、突然の小沢さんの訪問にびっくりしながらも、(一条さゆりは)とても嬉しそうな様子》だったとか。
舞台に上がった小沢昭一は、開口一番《「えー、刑事さんはいないでしょうね」》と言い、爆笑をさらったそうです。
(「回想日本の放浪芸 小沢昭一さんと探索した日々」市川捷護より)
《歌舞伎でも、その発生期の阿国歌舞伎(おくにかぶき)といわれるものは売春兼業の、わいざつハレンチなミセモノをやっていた》にすぎなかったとか。
江戸時代、ワイセツだからという理由で、お上の弾圧があります。
一条さゆりの逮捕と似ていますね。
江戸時代、《遊女歌舞伎が禁止されると、女がダメなら男があるさで、若衆歌舞伎が生まれ》ましたが、それもワイセツだったり男色により風紀が乱れるという理由で弾圧されると、
《今度は前髪をおとせば若衆じゃござんせんで、野郎頭の野郎歌舞伎に変幻》、かえって洗練されて人気が集まったそうです。
(「私のための芸能野史」小沢昭一より)
《芸能を活気づかせ、オモシロクさせるのは、お上の取り締まりのあずかっているところも大きい》という小沢昭一。
こういうスケール観にほれぼれします。
================
初めて訪れた木更津なのに、散歩をしているうちに、いろんな記憶がほぐれて、脳裏に現れてきました。
面白いものですね。
================
================
(おまけ1)
旅先のホテルにて。
テレビをつけると、BSで「男はつらいよ 寅次郎紙風船」が放映されていました。
酒を飲みながら見ていると、
寅さんの旧友の役で登場。
木更津で蘇った小沢さんとの嬉しい再会でした。
================
================
(おまけ2)
木更津に来る前、房総半島のマザー牧場へ行きました。
マザー牧場ではしゃぎ疲れた妻君と息子が眠ってくれたおかげで、私は静かに木更津の散歩ができたのです。
そのとき息子(3才)が、小林旭の「赤いトラクター」という曲を歌い出したのには、驚きました。
普段、私が歌ったり聞いたりしている曲を記憶していたのです。
「赤いトラクター」小林旭(歌詞)
♪風に逆らう 俺の気持ちを
知っているのか 赤いトラクター
燃える男の 赤いトラクター
それがお前だぜ いつも仲間だぜ
さあ行こう さあ行こう
地平線に立つものは
俺たち二人じゃないか♪