スポーツに興味のない私。

冬季オリンピックの報道で「平昌」という言葉を目にするたび、どういうわけか既視感に襲われるのですが、

それは「平尾昌晃」のことを思い出すからだということに気がつきました。

(平尾昌晃はヒット曲を量産した作曲家。昨年お亡くなりになりました)


「平昌」は、あくまで「ピョンチャン」(地名)のことで、「平昌」(平尾昌晃)のことではないのです。


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ただ心配なのは、

「平昌オリンピック」のことを、平尾昌晃ゆかりの歌手(五木ひろしや小柳ルミ子や中条きよしら)が出演する「音楽番組」だと勘違いする人もいるのではないか、ということです。


「嵐寛寿郎」は「あらかん」(嵐寛)

「榎本健一」は「えのけん」(榎健)

「勝新太郎」は「かつしん」(勝新)

というような、ニックネームに慣れているというのも、「平昌」に対する既視感の一因でしょう。


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ニックネームというかペンネームの名付け方について、

「嵐寛寿郎」の「あらかん」のように姓名の頭文字をとるパターンがあります。


もうひとつは、

名前を分割するパターンがあります。

例えば、

「石田衣良」というペンネームはカッコイイですが、本名の「石平」という苗字が由来なのだとか。

「いしだいら」→「いしだ・いら」

「石田衣良」が「石平」だと思うと、いまいちパッとしない垢抜けない感じがします。 


それから、

野坂昭如の放送作家のペンネームは「阿木由紀夫」。

本名の「昭如(あきゆき)」が由来です。

「あきゆき」→「あき・ゆきお」

野坂らしい、とても安直に感じるペンネームですね。

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(野末陳平の「陳平ここだけの話」より)
野坂昭如と野末陳平が漫才コンビとしてデビューをするにあたって配られた挨拶状にも、「阿木由紀夫」とありますね。


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ところで、数週間前のことですが、

NHKラジオを聴いていたら、俳人の鷹羽狩行の講演が放送されていました。

自身の代表句について解説をしながら人生を振り返るというような内容。

鷹羽先生の記憶はいちいち鮮明で、御年87才と聞いて驚きました。


よく知られる代表句は、

《摩天楼より新緑がパセリほど》

ニューヨークで詠んだもの。モチーフを海外の風景へ広げたのも功績のひとつのようです。


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(小沢昭一の「俳句武者修行」より)

風貌からも、泥臭くなくて洗練されている句風を感じますね。


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で、

その他の鷹羽狩行の代表句について。


《落椿われならば急流へ落つ》

(おちつばきわれならばきゅうりゅうへおつ)

カッコイイですね。

「急流」が、5・7・5のリズムをまたいでいます。

鷹羽先生は「句またがり」を意識的に使っているのだとか。

「句またがり」によって「急流」に注目を向けるのだそうです。


《みちのくの星入り氷柱われに呉れよ》

(みちのくのほしいりつららわれにくれよ)

「われに呉れよ」が6字。

「字あまり」も意識的に使っているようです。

読むスピードが速くなり、面白い効果が出るのだとか。


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《落椿われならば急流へ落つ》と《みちのくの星入り氷柱われに呉れよ》の解説を終えて、

鷹羽先生いわく、

「私は『句またがり』や『字あまり』を意識するような運命だったのかもしれません」 


というのも、

「鷹羽狩行」という名前は、本名ではありません。

この俳号は、師匠である山口誓子に命名してもらったもので、その由来というのは鷹羽先生の本名の「高橋行雄」にあるといいます。


「高橋行雄」→

「たかはし・ゆきお」→

「たかは・しゆきお」→

「たかは・しゆぎよう」→

「鷹羽狩行」


確かに、俳号が『句またがり』と『字あまり』を意識させていました。

カッコいい名前だと思っていましたが、こうやってみると、なんとなくキザに感じますね。

それと、

「石田衣良」や「阿木由紀夫」と同じかと思うとありがたみがなくなるというのが不思議です。