厄除け日記 (by Kばやし)

厄除けのように、好きなことを集めて書きます。 30代。 俳号は軽囃子(けいばやし)

カテゴリ: 青森

(青森出張の続き)

仕事で五所川原までやってきました。
時間ができたので「立佞武多の館(たちねぷたのやかた)」を見学しました。

「ねぶた祭」と一括りで言われますが、「青森ねぶた」、「弘前ねぷた」など、地域によって違う形状の山車が出ます。
五所川原では、「たちねぷた」という巨大な山車が市街地を練り歩くことで知られています。
1800年過ぎには、ねぶたは巨大化が始まったそうです。
その後、大正時代になると町に電線が巡らされるようになり、再び小型化。
1990年代に「たちねぷた」は復活をします。

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「立佞武多の館」では、「たちねぷた」が展示されています。
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大迫力!
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覆い被さるような大きさの立ちねぷた!
エレベーターで4階に登ります。
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それでもまだ大きい!

見応えのある展示でした。

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ただ、私の写真では圧倒するような巨大さが伝わらないのが悔しい。
大きなキバをむき出しにする恐竜、長いしっぽを振り回す恐竜のような迫力だったのです。

ちなみに、恐竜と人間の大きさの差は・・・、
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「ドラえもん のび太と恐竜」より、首長竜とたわむれるのび太たち。

「恐竜図鑑」の恐竜と人間の大きさを比較するページを開いてみました。
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あらためて恐竜って大きいですね。

「たちねぷた」は全長22メートルといいます。
そこで、この図鑑に手書きの「たちねぷた」を並べてみました。
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「ほう!」
こんな巨大な「ねぷた」が練り歩く「立佞武多祭(たちねぷたまつり)」の日の五所川原の町は、リアル・ウルトラマンの世界です。

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「ドラえもん のび太と恐竜」の中に、恐竜ハンターという悪役が現れます。
タイムマシンで恐竜を捕獲し、金持ちに売り渡すという、恐竜を金儲けの道具にする輩です。
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恐竜ハンター
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恐竜ハンターの黒幕

立佞武多館にも「たちねぷた」を金儲けの道具にする輩を発見!
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たちねぷた祭の黒幕(パネル)

吉幾三氏には「立佞武多」という曲があり、祭りのテーマ曲になっているそうです。
青森の取引先とスナックへ行くと、必ず最後は『立佞武多』の大合唱になるのです。
ウィキペディアによると《毎年、祭りのスタート時には吉の乗った移動ステージ車が各山車を先導し、生の歌声を聞かせてくれるのが恒例となっている》。
吉幾三氏は、恐竜ハンターと違い、社会貢献をしていますね。

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ねぶた祭りは夏祭り。
ハリボテの山車は、巨大な提灯、あるいは、巨大な灯篭のようなものではないでしょうか。
お盆は、死者の魂が、この世に戻ってくる季節。
ねぶた祭りの山車の光は、無数の死者の霊魂の象徴のように感じます。

少し前の話。
恐山にいったときも、売店で吉幾三氏の名前を発見したのです。
恐山には、いたこがおり、亡くなった人と再会できる場所とされています。
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吉幾三氏の曲のカセットテープが販売されており、曲名は「約束   君に会いたくて」。
死者と再会する場所だけにトンチが効いてますね。

吉幾三氏は恐山の黒幕でもありました。

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おまけ1
「立佞武多」の合唱を目の当たりにしたときの話。

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数日間、青森へ出張することになりました。

長距離運転をしなければならないハードな出張です。


出発の前に、景気づけで、DVD「トラック野郎 一番星北へ帰る」を見返しました。

長距離トラックドライバーの菅原文太が主演の、東映のプログラムピクチャー。

恋あり、決闘あり、警察から逃れるためのカーチェイスありというコメディ映画(ロードムービー?)です。


菅原文太のように、青森に向かって激走。

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「行くぞー!」


「トラック野郎 一番星北へ帰る」は、オープニングからして奮っています。

のっけから菅原文太は売春婦(婦警のコスプレ)と「プレイ」を始めます。

文太「おい、女ポリ公!俺のマシンの性能はどうだ!?ズドーン!」

まともな脚本家だったら、こんな最低の名台詞は書けないでしょう。


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「男ひとり旅」
キュルキュルキュル!ブーン!

さて、青森へアクセル全開。FullSizeRender

「うりゃー!」


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「どけどけー!」


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あっという間に下北半島に到着。

たまたま国道沿いに駐車をして休憩をしていると、お墓を発見。

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看板には、「野辺地戦争(戊辰戦争の一端) 戦死者の墓所」。
「ほう」

ちょっと解説。
戊辰戦争は、江戸時代末期に勃発します。

東北地方を巻き込む内戦で、この下北半島にも戦火が広がったのだそうです。

新政府軍(長州、薩摩など)と、幕府軍(奥羽越列藩同盟など)が争った戦争です。

東北地方の各藩の立場は、ほとんど幕府側。

ただ、藩によってバラつきがあったそうです。

例えば、弘前藩は早々に新政府軍に寝返りました。


この墓は、新政府軍に寝返った弘前藩の死者を弔ったもののようです。

(戦争は、勝った方が官軍、負けた方は賊軍になります)


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ところで、

「仁義なき幕末維新 われら賊軍の子孫」(菅原文太・半藤一利)を読みました。

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この本を読むと、意外にも菅原文太は、地方の史跡を巡り郷土史家とも交流しているような歴史マニア。

半藤先生にも私見を述べ、鋭い質問をします。


ちなみに菅原文太は、宮城県(仙台藩)出身。

半藤一利は、新潟県(長岡藩)出身。

ともに、戊辰戦争のとき幕府側の藩でした。


基本的には幕府側の東北地方も、劣勢に追い込まれていくに従い、歯が欠けるように各藩は新政府軍に寝返っていきます。

例えば仙台藩では、侍たちは早々に寝返ったらしいのですが、「からす組」と呼ばれるアウトロー(博徒や百姓など)は、最後まで抵抗したといいます。

明治維新ののち、恭順派は得をし、会津藩のように最後まで新政府軍に抵抗した藩は冷や飯を食わされることになります。

会津藩は朝敵ということになり廃藩に追い込まれ、人々は青森県の下北半島(いまの「むつ市」)に移り住むことになりました。

当時の下北半島は不毛な土地で、移住した人々は苦労をしたそうです。


そんなわけで、仙台藩(恭順派)出身の菅原文太は忸怩たる思いがあるようです。


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ところで、

「トラック野郎シリーズ」の、菅原文太のデコトラには「雪の下北」という文字が入っています。

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「トラック野郎 一番星北へ帰る」の中で、その理由が語られます。

菅原文太と大谷直子(ヒロイン)が、福島のダム湖を眺めながら語らうシーンがあります。

菅原文太「僕はここで生まれたんです。この水の下に、僕のふるさとが沈んでいるんです」

ダム湖の下に沈んだふるさと(福島)をあとにし、「下北半島に流れついた」という菅原文太(一番星)。

下北半島で貧しい生活をして育ったのだとか。


このシーンを見て、私は気付いたのです。

幕府軍だった会津藩の末路と、「トラック野郎」の菅原文太(一番星桃次郎)の経歴が重なっていたのです。

つまり、会津藩が下北半島に流されたように、菅原文太(一番星)も会津の故郷を失い下北半島に流れ着いたのです。

そんなこともあり菅原文太は、仙台藩出身者として、また「トラック野郎」の主演男優として、幕府側に同情していたのかもしれません。


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さらにいえば、

菅原文太は、新政府軍のクーデターの首謀者である岩倉具視のことが嫌いなようです。

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岩倉具視に利用されて殺されたアウトロー(相楽総三)の墓参りをするほど菅原文太は歴史マニアなんですよ。
(墓は下諏訪にあります)

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《絶筆から しのばれる 相楽総三の 無念 菅原文太》


「仁義なき戦い」の山守組長(金子信雄)という姑息な男を嫌悪するように、「俺はこういうタイプのワル(岩倉具視)が一番きらいだね。維新政府の正当性すら疑いたくなる」ですって。


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下北半島の「野辺地戦争 戦死者の墓所」で、あらためて菅原文太の魅力に気がついた私。

大きな声とアクションでエネルギーを爆発させる姿と、筋を曲げない敗者への優しさが、まさにアウトローである菅原文太の魅力ですね。

さらに歴史マニアという「おたく」な一面も、ステキです。


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(おまけ)

長距離運転の疲れをとるため、「不老ふ死温泉」で一休み。

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海の中に、露天風呂があるんですよ。

泉質が素晴らしくエネルギーが満ちあふれます。

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「もうひとっ走りだ!」


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(おまけ2)

「トラック野郎 一番星北へ帰る」のエネルギッシュなアクションシーンを紹介します。

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魚が満載のトラックの上で殴り合う菅原文太と黒沢年雄。

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魚を運ぶクレーンの上でも殴り合いは続きます。


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(おまけ3)

数年前、むつ市に行ったときの記録

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数日前のこと。

猛暑日の続くときに快適な東北へ出張をする。
なんだか、スケールの小さな大橋巨泉だなあ、なんて思っていました。
(※大橋巨泉は、春と秋は日本、夏はカナダ、冬はニュージーランドで暮らしていました)

朝晩肌寒い東北でそんなことを思っていると、大橋巨泉さんが亡くなったというニュース。

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出張中、時間ができたので7月21日から24日まで大祭が行われているという恐山へ。
大祭の期間中は、いたこの方々もいらしゃって、亡くなった人の降霊をしているとか。

恐山は、あの世の見立て。
亡くなった人と会える場所です。
あの世を再現したテーマパーク(「映画村」ならぬ「あの世山」)といった感じでした。


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三途の川を渡ると、恐山の霊場が現れます。
硫黄の臭いが立ちこめます。
(この臭いに異様な気分になります。敏感な人は具合が悪くなるとか)
少し進むと、
奪衣婆がいなくとも、裸になって入浴する温泉があります。
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地獄のような光景の中に、地蔵が何体も並んでいます。
亡くなってしまった大切な人の気配を地蔵に見いだすのか、参拝者は地蔵に手ぬぐいをかけたりお供えを置いたりします。
手ぬぐいに亡くなった人へのメッセージが書いてあると切なくなりますね。
伝わらないのに伝えたい気持ちに満ちている場所です。

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極楽浜。
強酸性のため生物がおらず、沖縄の海よりも澄み切っています。

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賽の河原。
石碑には、《人はみな それぞれ悲しき 過去持ちて 賽の河原に 小石積みたり》とありました。

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卒塔婆群。
大きな卒塔婆が立ち並ぶ様子を見ると、都会のビル群も、都会で亡くなった人々の鎮魂の卒塔婆かもしれないなんて思いましたよ。

ふと横を見ると、
現地のガイドのおじいさんが、女子大生らしき人々に向かって恐山の解説をしています。

ガイドのおじいさんいわく「ご覧のとおり、恐山には地獄のような風景が広がっとります。しかし私の場合は妻がキツくて、家庭が地獄。恐山の方が極楽。年をとるとそんなこともあるわけであります」
女子大生(爆笑)

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胎内くぐり。
恐山を一回りして、生まれ直して、あの世からこの世に戻るという見立て。

この世に戻ります。

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売店に入ると、吉幾三(地元出身のスター)のカセットテープ(!)が販売されていました。
曲名は・・・・・・、
《約束~君に会いたくて~》
さすが恐山。亡くなった人と会う場所ですから。

「霊場アイス」を食べました。
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葉っぱ屋としては、もちろん「ヨモギ味」をチョイス。
これがなんと、口溶けさわやか。風味も抜群。
ディズニーランドでいうチュロスに匹敵しますね。
この場所で、まさかの美味に出会えました。
《良薬は口に苦し》の看板もありましたよ。ありがたや。

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巨泉さんが亡くなって、きっとあの世で永さんやキンキンら、昭和ヒトケタの仲間たちと会っていることだろう。
なんて追悼の言葉をいくつか読みました。
人の心が「あの世」を作ったのでしょう。
恐山だったら、私も東京やなぎ句会の人たちの幻影と会えるかしら。なんて思ったりもしました。

恐山の出入口付近には、いたこの小屋が3つ。
大勢の人が並んでいます。
小屋の中からは、いたこの声が聞こえてきました。
キツい方言で、歌うように語っていましたよ。

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私のあこがれの小沢昭一さんは、放浪芸の収集をしていました。
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小沢昭一さんの「新・日本の放浪芸」というDVDには、恐山でのいたこの取材もおさめられています。

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いたこさんに父親を降ろしてもらった小沢さん。
小沢さんいわく「(降霊してもらったものの)実はわたくし青森のこちらのお言葉が何を仰ってきるのか分からないものでして。そこで、このビデオを青森の方にお見せして翻訳をしてもらったんですが、(中略)・・・。翻訳文を読んでもよく分からないのです」

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続けて、小沢さんは言います。
「神様のお言葉は分からないのが当たり前。というか分からないから有り難い。神様は有り難いほうが、有り難いのですから。(神様の言葉を翻訳するという)冒瀆するのはやめにしました」

いたこの小屋の前をとおりながら、私は小沢さんの面影に出くわしたような気がしましたよ。
いたこの小屋の前に並んでいる人々の中に小沢さんの幻影を感じたのも、そこが恐山だからでしょうね。

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下北です。
下北沢(東京)じゃなくて、下北半島(青森)です。
小さな港町に出張中なのです。

夕方にやることはといえば、もちろん、居酒屋探しでしょー。

あったー!(この集落で唯一という噂)

引き戸を開けながら小声で「こんばんはー」
けっこう普通のお店の感じがします。

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「飢餓海峡」では、
三國連太郎と仲間が、函館近辺で金を強奪し放火殺人をします。
で、ボロ船で下北半島に逃亡するんですよ。

海峡をボロ船で逃亡していると、三國連太郎らはフェリーの転覆に遭遇します。
それをいいことに三國は、共犯者まで海上で殺して、死体を紛れさせてしまうのでした。

で、ひとり三國だけが、たどり着いたのが、下北半島。

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おそるおそる入った居酒屋。

カウンター席に座り、左右に三國連太郎めいた(殺人犯めいた)人がいないか確認。
ま、あやげな方は数名いますが、そういうワクワク感があった方が楽しいですもんね。

汗ばんでいますし喉が渇いたので、まずは「ビールで」
ぷひー。

よく見ると、けっこう混んでいます。ほぼ、満席でした。

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そういえば、
ちょうどたいへんな事故がありました・・・。
そんなこともあり、私は「飢餓海峡」を思い出したんでしょうか。

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「イカバター焼、下さい。この辺のイカなんですか?」
太った女性店員さん「八戸です」

「日本酒下さい。あと味噌貝焼き、っていうんですか? それ下さい」

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カウンター席、隣のおじさんは、新聞を読みながらモツ煮とビール。
達人はどこの町にもいるのですね。

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味噌貝焼きが来ました。

味噌貝焼きというのは、ホタテの貝殻を鍋のように使って、ホタテなどを味噌で煮込んで玉子でとじる料理です。
(痩せた店員さんに食べ方を教えてもらいました)
貝殻を使うと、味の良さが増しますね。

貝焼きに日本酒。

どうも、私以外の客は皆さん知り合いみたいです。
知り合いどうしの会話は、全く通じません。
(本気の方言のため)
隣席の達人「今日、あづぐで、倒れた」
ギョッ。
よくよく聞くと、「倒れた」は「疲れた」のことみたいです。

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カウンター席の隣に座っている達人は、今日の新聞を読み終えて、きのうの新聞を読み始めましたよ。

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私「ハイボール下さい。あと・・・、おすすめはなんですか?」
痩せた店員さん「・・・、うーん、ホタテかなあ」
私「じゃーホタテフライ下さい」

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隣の達人は、新聞をぐしゃぐしゃにしながら読み、ウーロンハイをガブガブ飲みながらラーメンを食べています。
そうきたか。

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ホタテフライが到着。
山盛りです・・・。
太った店員さん「サービスだ」

フライを、ハイボールの炭酸でグビグビ飲み込みます。
ぶはー。満腹。

私「残った分は、おみやげにして下さい」
痩せた店員さん「いいですよ、詰めますね」

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店を出ると、真っ暗。

振り返ると、2〜3軒のスナックのあかりが灯っていました。

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