仕事で東北地方の小さな小さな港町にやってきました。
夏なのに肌寒い夜のこと。
 
ひとりで真っ暗な夜道をふらふら歩いていると、スナックの看板を発見。
 《スタッフ募集》
過疎化した集落で、スナックのスタッフなど集まるのだろうか・・・と余計な心配をしながら看板を読み進めると、
《自慢の一品!シャキシャキのナマコ!》
スナックでナマコ。オツですね。
シャキシャキのナマコを食べてみたかったものの、入店する勇気はありませんでした。
 
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夜道をしばらく歩いていると、一軒の居酒屋を発見。
のれんをくぐりながら、小声で「こんばんは・・・」。
(心の中では威勢よく「いどもー!」)
 
すると、6席あるカウンターは地元の中年男性でびっしり。
しかも、カウンター席の皆さんはかなりディープな方言を使っているため、私には会話の内容を聞き取ることができないのですよ。
そんなわけで、
「一人ですけど、座敷を使ってもいいですか?」
 
すると、カウンター席のオールバック&ジャージ&日焼けという風体の男性が、
「ワ(私の意味)の隣で飲むが?」と席を詰めて、私の座るスペースを作ってくれたのです。
一瞬、まいったな・・・・・・、と思ったものの「遠慮なく」とカウンターに座ってしまった私。
 
「じゃあ、生ビールと・・・、刺身とホタテの貝みそ焼きをください」
生ビールをごくごくごくごく。
刺身がまた新鮮でおいしいのです。ごくごくごくごく。
 
ホタテの貝みそ焼きがやってきました。
新鮮なホタテをみそで味付けをし、貝殻の上で卵でとじた料理です。
 
思わず、「日本酒を一合ください!」
酒に合いますね。
 
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ところで、この日の昼間のこと。
仕事の都合で下北半島のむつ市へ来ていました。
時間があったので、むつ市街地を散歩。
 
観光案内によると、
明治維新のときに会津藩は「朝敵」にされ、本州の最果て(下北半島)に藩ごと流罪になったそうです。
会津藩の多くの武士がここに移住をさせられたのだとか。
円通寺に藩庁を置き、斗南藩という名前になりました。
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(お寺に葵の御紋)
 
農業の不毛な慣れない土地で苦労したんだろうなあ。
 
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立派な円通寺の隣の小さくて素朴なお寺にも立ち寄りました。
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玄徳寺。
 
ここに少し大きめの墓がありました。
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《映画監督川島雄三の碑》
《花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ》
 
川島雄三は、都会的なセンスの映画を撮った監督です。
川島雄三はこのあたりで生まれたのだとか。
むつ市の出身だったんだあ。
川島雄三はクールで皮肉っぽくてハイセンスな作風だったので意外に思われましたよ。
 
墓石の《映画監督川島雄三の碑》の文字は、今村昌平。
《花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ》の文字は、森繁久彌。
 
今村昌平は、川島雄三の弟子なのだそうです。まったく作風は違いますね。
森繁は、名誉のためなら下北半島へもしゃしゃり出てきますね(笑)
 
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《花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ》は、井伏鱒二の訳した「歓酒」の一節です。
川島雄三は、この詩(井伏鱒二)のファンだったそうです。
「歓酒」は、唐の詩人の五言絶句を井伏鱒二が日本語訳にしたものです。
この訳は名人芸ですよ。
 
勧君金屈巵  
満酌不須辞
花発多風雨  
人生足別離
 
コノサカズキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
 
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話を、港町の居酒屋へ戻します。
 
同席の客に長野から来たと告げると、
 「焼きホタテ、食ってみろ」と、隣のおじさん。
しばらくすると、醤油の香りをプーンとさせて焼きたてのホタテが届きました。
 
「ホタテ、写真を撮っておけば?」と、隣の隣のおじいさん。
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たばこを吸わない私に箱だけ貸してくれました。
 
ホタテは酒に合いますね。
「日本酒をもう一合くださーい!」
 
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長野から来たと告げたこともあり、居酒屋のカウンター席では、
「長野は良いところ派」vs「長野は悪いところ派」で言い争いが始まりました。
「長野は悪いところ派」の主張は、長野には海がなく、酒や酒の肴はたいしたことがないというもの。
防戦一方だった「長野は良いところ派」は、ようやく反撃を開始します。
「むかーし、長野のスナックさ行っだらな、キレイなアジアの女性が何人もいたんだべえ。長野のスナックいいところだろ?どうだ!」。
すると、「長野は悪いところ派」の急先鋒だったおじさんは頭を抱えて、「負げたー」だって。
 
楽しく飲んでいると、
カウンター奥のアロハシャツの男性が、「これ食べてみろ」と青つぶ貝の刺身と青つぶ貝焼きをくれました。
「サザエよりうまいべ?」。おいしいなあ。
次々と食べ物が回ってくるのです
 
「チューハイください」。
チューハイで海の幸を流し込む満腹の私。
 
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カウンター席の面々は「まあ飲め」と酒をなみなみと注いでくれます。
こちらも、酒をなみなみと注ぎ返します。
 
酔いが回りました。
「そろそろ帰ります」。
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店を出て夜道を振り返ると、あたりは酒場の灯りだけでした。
 
コノサカズキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
 
自宅に帰ったら、井伏鱒二の「厄除け詩集」を読み返そうと思います。