厄除け日記 (by Kばやし)

厄除けのように、好きなことを集めて書きます。 30代。 俳号は軽囃子(けいばやし)

長野市在住

老舗和菓子屋のY本さん、電気屋のK保さん、大学のサークル仲間のM坂君、H君、そして私(Kばやし)、計五人で俳句の旅。俳句を作りながら旅をし、夜、宴会をしながら句会するという年に一度恒例になった吟行です。今回の目的地は岐阜県高山市。

メンバーが作った俳句を重ねながら、吟行を振り返ってみることにします。


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1日目。

朝、松本駅で全員集合。

一年ぶりの再会。お互いの冴えない顔を見ただけで、それぞれが一年前となんの変わりもないことが察知され、近況を聞くまでもないと悟ったのです。

それぞれが当たり前のように「どうも」と言い合い、車に乗り込みました。

《この秋もいつもと同じ句会かな H


松本から高山へ向かうため峠を越えます。まっ盛りの紅葉を眺めながらのドライブ。

コロナ渦ではありますが、マスクや消毒など対策をすれば旅行をしてもよかろうと、社会の雰囲気が変わってきました。

H君から「お題として『マスク』で一句詠みましょう」との提案があり私は車窓を眺めながら句作します。

こんなのはどうだろう。

《マスクの旅フォドフォドにならいいコロナ♪ Kばやし》

小林旭の「自動車ショー歌」から本歌取り(笑)。あまりにヒドイ句ですが早々と一句できました。

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「ジャガジャガ飲むのもフォドフォドに♪ここらでやめてもいいコロナ♪」(うしろの五木ひろしがノリノリ)


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高山の町へ入ります。山の中に町が現れたような印象です。

交通の便の悪い町にもかかわらず、高山の古い町並みは人でごった返していました。

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まずは高山陣屋へ。マスクの山岡鉄舟とマスクの私たち。

さすが一流観光地、施設のコロナ対策はばっちりです。

《(検温にて詠める)マスクして帽子とったら手でOK K保》


もともと高山陣屋は、幕府の出張所でした。高山は豊富な木材資源や鉱物、交通の要所であったことから、幕府直轄の天領だったのです。なるほど文化的で豊かな町なわけです。


陣屋の庭は手入れがゆきとどき赤く染まったもみじが美しく映えます。

拭き清められた縁側や座敷、お白州などを見学。

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お白州には拷問道具まで展示されていました。

《間男が黙秘の白州もみじ落つ Kばやし》


落ち着いた町並みをぞろぞろ歩きます。秋の空気は澄み、町の中心を流れる宮川は透きとおっていました。

《高山路川床やさし秋の虹 Y本》


散策しながらときどき店をひやかし、日本酒の試飲、名物のラーメンを食べたり、工芸品を眺めたり。

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静かな町並みに入ると、黒い一台の車とすれ違いました。

《秋の川助手席で遺影抱いており M坂》

澄んだ川の水のようにスーッと浮ついた心が冷めていきます。


次に高山祭屋台会館へ。櫻山八幡宮の手前にある施設です。

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豪華絢爛な山車の展示を見て、つくづく豊かな町だったのだなあと実感されます。

《秋社マネキンどもが曳く屋台 H


高山市は木工の名人、左甚五郎の生まれた地とされています。甚五郎という地酒もあるようです。

落語にも左甚五郎はたびたび登場。落語の中では、甚五郎の彫った水仙が花を咲かせたり、ねずみが動き出したり、甚五郎の彫ったものには命が宿るのです。

《この地球(ほし)も甚五郎作天高し  Kばやし》


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光ミュージアムへ。

光ミュージアムを、Y本さんが「轟くピラミッド」と比喩したのですが、まさに巨大怪建築。しみじみとした町に突如要塞が現れたという印象。


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巨大な建物のエントランスにはどういうわけか「宇宙桜」が植えられており、なんだかちぐはぐな感じ。

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異様なミュージアムの中へ入ると、エスカレーターで地下三階へ。巨大遺跡で宝探しをするインディージョーズのような気分になります。

ミュージアムは、まさに宝の山。地下のフロアには洋の東西を問わず、マネやゴッホ、北斎など有名な画家による絵画がごろごろ。書、刀剣、能舞台から現代美術まで脈絡なく展示されており、なんなんだここは・・・と混乱が始まります。

上のフロアへ昇ると、人類史コーナーと称しこれ、また脈絡もなく世界中あちこちの遺跡から発掘された貴重な石器や鉄器、石像、衣類、そして恐竜の化石までが並んでいます。学芸員さんいわく「ホンモノです」。かと思うと、ぬいぐるみや記念写真パネルがあったり・・・。

ベルトコンベアのように次から次へとお宝の前を通り過ぎていくのですが、巨大ミュージアムの出口はいっこうに現れません。インディージョーズも途方にくれました。

《回廊の出口はありや秋深き Y本》


お宝の絨毯爆撃のような威圧的な展示は強烈すぎて違和感を覚えました。

《宇宙桜の下は絵画の墓場なり M坂》

西行の「願わくは花の下にて春死なん」のパロディに笑ってしまいました。


実はこのミュージアム、新興宗教が運営しているのです。誇示するような展示に違和感を感じるのは必然なのかもしれません。言い換えれば、宗教の恐るべき資金力に脱帽させられもするのです。


一番上のフロアには、ラグビーボール状の不思議な形の部屋があり、いぶかしげに入室。

この部屋の中では、話し声や足音が異様に反響するのです。押し寄せる波ように耳元で音がうなり続けます。

その部屋の中心に、金色に輝く教祖(恰幅のいい初老の男)の像が立っていました。神々しい金の像にギョッとし、背筋がヒヤッとします。

かつて教祖が一室の座敷で説法したところから、この宗教は始まったと展示パネルに書かれていました。教祖の話術(言葉)によって宗教や神話が生み出され、たった1代でこのような宗教的世界(ミュージアムなど)を具現化させてしまう凄さ。考えてみるとあっぱれです。


《豊作や教祖の妾が七、八人 Kばやし》

もちろんフィクションです(いまにして思うと「教団X」という小説を読んだばかりだったからこんな不敬な句が浮かんだのかもしれません・・・)。


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日も暮れて、高山市街にある郷土料理屋へ。

酒や肴を楽しみながら、句会が始まります。

長野と岐阜はひとつ峠を挟んでいるだけなのですが、食文化が違い、また話し言葉もガラッと変わります。

《マスク越しの西の言葉や秋の旅 M坂》


今回の句会は、M坂君の圧勝。

全員から景品を独り占めして、お開きになりました。


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二日目。


光ミュージアムに驚愕した私たちは、この宗教の総本山も近所にあるとのことゆえ、見学することにしました。

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総本山もミュージアムをしのぐ贅をこらした巨大怪建築でした。


車を降り施設に入ろうとすると、誘導係「どこの道場からいらっしゃったのですか?」

なるほど、信者でない一般人が観光や参拝に来ることはほとんどないのだろうと、そのとき察知しました。

受付係の方たちの案内を受け、総本山の内部へ。施設の方々は皆とても親切かつ丁寧、ときおり機械的で恐いくらいでしたが、だからこそ、ふとみせる笑顔にはキュンとなりました。

内部は聖地ゆえ写真撮影禁止で詳しくは書きませんが、あまりの絢爛さに人間の信仰の凄まじさを痛感させられることは間違いありません。

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この施設を見学した帰り道、人間っていうのはなんて摩訶不思議な生き物なんだろうか、ということが頭の中でぐるぐる巡っていました。


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最後の目的地「合掌造り集落 飛騨の里」へ。

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小高い丘の上にある、茅葺き屋根の民家を移築し集めた施設です。昔ながらの暮らしを感じることができます。

施設内に投句用紙があり、「記念に投句して下さい」との看板。一句ひねりながら見学することにしました。


「飛騨の里」から町を見下ろすと、宗教の総本山を眺めることができました。

《高い空映しきる金色(こんじき)の屋根 Kばやし》


新興宗教のピカピカな巨大建築とは対照的に、「飛騨の里」には、小さな石仏や社が立っていました。信仰としては変わりないとも言えるし、対極とも言えます。

茅葺き住居の中も見学できます。

《黒ずんだ小さき神棚里の秋 Kばやし》


Y本さん「Kばやしさん、俳句できた?」

「全然できてません」と私は嘘をつきました。

ケレン味たっぷりの作り物の俳句(句会で発表したような句)とは違い、私なりにマジメに作った俳句は人にお伝えするのに照れてしまうのです。


《仕事とは生きることなり薪を割る Kばやし》


たまの旅行はいいものだなあ。文章を書くのもいいものだなあ。

旅のあとはまた、いつもの暮らしが始まります。


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書き出したら楽しくなり長くなってしまいました。キリがないのでこのへんで終わりにしましょう。

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「ここらでやめてもいいコロナ♪」



※一部俳句は修正しました。
※一部写真はK保さんにいただいたものです。
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「男はつらいよ」の新作「おかえり寅さん」を映画館で見てきました。
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寅さんが現れただけで嬉しくて目頭が熱くなりました。

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話は変わりますが、
実家の、私が大学に行くまで過ごした部屋に久しぶりに入りました。

プロレスのポスターに交じって、渥美清のポスターが貼ってあり、机の上には渥美清のブロマイドが飾ってました。
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中学生の私は、プロレスと「男はつらいよ」に傾倒していました。
プロレスについて話せる友人はいましたが、「男はつらいよ」について話せる友人は誰ひとりおらず、思い出してみると寂しかったなあ。

当時の私は、寅さんの甥の満男(吉岡秀隆)の目線で常識から自由な寅さんを見て、いろんなことを感じたのだろうと思います。
渥美清が亡くなり「男はつらいよ」シリーズは終わりましたが、私はいまだに折々にDVDなどで「男はつらいよ」を見返しています。

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新作「おかえり寅さん」のあらすじ
《山田洋次監督による国民的人情喜劇「男はつらいよ」シリーズの50周年記念作品。/倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆らに加え、シリーズの看板俳優であり、96年に亡くなった渥美清も出演。さらに、歴代マドンナからは後藤久美子、浅丘ルリ子と「男はつらいよ」でおなじみのキャストが顔をそろえる。柴又の帝釈天の参道にかつてあった団子屋「くるまや」は、現在はカフェに生まれ変わっていた。/サラリーマンから小説家に転進した満男(吉岡秀隆)の最新作のサイン会の行列の中に、満男の初恋の人で結婚の約束までしたイズミ(後藤久美子)の姿があった。》

小説家になった満男は、イズミではない女性と結婚をし、娘を授かります。
しかし満男の妻は病気で亡くなり、一人で娘を育てていました。
一方、イズミは国連の職員となり、フランスで家庭を築きながら多忙な日々を送っていました。

なんだか、吉岡秀隆と後藤久美子の実人生と絶妙に重なっています。

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満男は、くじけそうになったときどきに、おじさん(寅さん)のことを思い浮かべ、人生のピンチを乗り越えていきます。
物語のところどころで、「男はつらいよ」の過去のシーンが挟み込まれます。
満男を励ますように、在りし日の寅さんが現れ、寅さんの言葉が蘇るのです。

《フレー、フレー、みーつーお!》

《困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ》

お守りのような記憶です。

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「徹子の部屋」に山田洋次が出ていたので、見ていました。
山田洋次は、何年か前に奥様を亡くしたのだとか。

「おかえり寅さん」では、小説家の満男は妻を亡くしています。
孤独な満男は、山田洋次自身だったんだと「徹子の部屋」を見て気がつきました。
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山田洋次はインタビューで、「渥美さんなら、こう言ったんじゃないかなあ」とか、「渥美さんなら、こんな顔をしたんじゃないかなあ」なんてことを必ず言います。
ことあるごとに渥美清(寅さん)を思い浮かべる山田洋次は、寅さんの記憶に励まされている満男なのでした。

映画は、小説家の満男が、寅さんのことを小説に書いてみよう、というところで終わります。
「おかえり寅さん」は、山田洋次がもう一度渥美清(寅さん)を映画にするまでを描いた作品なのだと思いました。

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実家の私の部屋に「男はつらいよ」日めくりカレンダーが残っていました。
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中学生のころ、私は映画館へ行き一人で「男はつらいよ」を見ていたような少年でした。
「男はつらいよ」が好きなんて、恥ずかしくてクラスメイトには伝えていませんでした。

二十数年前。
映画館で「男はつらいよ」を見終えて外に出たとき、クラスメイトと出くわしてしまったことがありました。
そのとき私は、聞かれてもいないのに「『男はつらいよ』を見にきたんじゃないから!『サラリーマン専科』を見にきただけだから!」と強弁した記憶があります。
(「男はつらいよ」は「サラリーマン専科」(主演:三宅裕司)と二本立てだったのです)

いまなら「男はつらいよ」が好きだと堂々と言えるんですけどね。
というか、振り返ってみると「サラリーマン専科」のほうが「男はつらいよ」より恥ずかしいような気がするんですが。

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満男が寅さんに励まされて生きてきたように、山田洋次は渥美清のことを思い出しながら生きてきたんじゃないかと感じました。
そして私も「男はつらいよ」に背中を支えてもらっていたんだと気がつきました。
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4才の息子を連れて、街の書店へ行きました。

息子は男の子にありがちな、魚、恐竜、のりもの(特に新幹線)に興味を持ち、夢中になっています。
不思議なもので男の子はたいていこういうものに関心がいくようです。

私が本を物色していると、息子は「この本ほしい!」と一冊の本を持ってきました。
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幻想の信州上田(西村京太郎)

西村京太郎先生の小説など、4歳児が読めるわけもありません。
私「字の本だから買わないよ」
買いたい、買いたい、新幹線の本ほしいと駄々をこね始める息子。
有無を言わさず、「ダメーー!」。
息子は泣き出しました。

面倒な事態に陥ってしまった・・・と頭を抱えた私。
そこで一計を案じました。

私「魚好き?」
息子「うん」
私「鮫(サメ)好き?」
息子「うん」
私「じゃあ、鮫の本を買ってあげるよ」
息子「やったー!」

そこで私は1冊の本を購入したのです。
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新宿鮫Ⅺ 暗躍領域(大沢在昌)
待ちに待った念願の新宿鮫シリーズの新刊が8年ぶりに発売されていたのです。

補足ですが、書店には西村京太郎の「スイッチバック殺人事件」という本が売られていました。
長野の姨捨駅のスイッチバックを殺人のトリックに利用すると想像しました。
この突飛な発想に呆然としました・・・。

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さて、帰宅して早速「新宿鮫11」を読み始めました。
いやあ、面白い。最高。

ところで、
私の敬愛する丸谷才一御大は新宿鮫シリーズの大ファンとして知られていました。
私は丸谷さんの書評で「新宿鮫」を読み始めた経緯があります。

丸谷御大が生前、前作の「新宿鮫10」を、毎日新聞で絶賛していたことがあったっけ、と思い出しました。
インターネットで丸谷才一の新宿鮫評を探しました。
(以下、丸谷御大の書評の抜粋)
《戦後の日本は多くのすぐれた娯楽読物を持ったけれど、シリーズものの主人公として、新宿鮫はあの剣豪眠狂四郎、あの名探偵金田一耕助をしのぐほどのスターだろう。
どうしてこういう事態が生じたか。第一に作者の文体がいい。小説の文章として小粋である。(中略)
第二に小説の作りがうまい。(中略)
第三に構えが大きい。歌舞伎町とゴールデン街を起点として東京を描くこの都市小説は、東南アジアの現在全体を扱う。(中略)21世紀の市井風俗を題材とすると見せかけて実は日本近代史全体をとらえようとしている。》
いいなあ、丸谷節。

丸谷御大は残念ながらお亡くなりになりました。
丸谷さんの分まで、この新作を楽しみました。

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話は変わります。
私は4才の息子に「お正月、どこ行きたい?」と訊きました。
すると、「新幹線に乗りたい」。
「え・・・」。
正月の新幹線は混むし、イヤだなあ。
なんで新幹線が好きなんだろう。
私が顔を曇らせているにも関わらず、息子は「新幹線!新幹線!」と早くも喜んでいるのです。

そこで、私は一計を案じました。
地元のローカル線(ゆけむり号)を「これこそが新幹線なんだよ」と嘘をつき、言い張ることにしたのです。

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正月のこと。
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近所の長野駅に着き、ゆけむり号に乗車しました。
私「赤い新幹線だよ」。
息子「ぜんぜん新幹線じゃないよ!(泣)」。
私「こまちの赤ちゃんだよ」。
息子「本当?」
詭弁を駆使し、息子を上機嫌にすることに成功しました。
こうして無事に、ゆけむり号に乗って湯田中(温泉地)へ行ったのです。

湯田中温泉で酒をがぶ飲みしたり、年賀状を書いたりして、私と妻君もローカル線の旅を楽しんだのです。
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